有機農業はなぜ日本で広がらないのか

農林水産省が打ち出した「みどりの食料システム戦略」で掲げられている目標のひとつに有機農業の取り組み面積を2050年までに25%というものがあります(現在は0.5%)。メディアが何度も取り上げるくらいぶっ飛んだ目標なので、目にしたことのある人は多いのではないでしょうか。

この目標を有機農業に携わる人はどのように感じているかといえば、「はぁ?絶対ムリやろ!」と言う人がほとんどでしょう。全員に話を聞いたわけではありませんが明らかに無謀な数字だと感じている人は多そうです。実践している人こそ有機農業の難しさを身をもって実感してるんだから、「これが25%とかムリでしょ」と思うのも当然でしょうね。

それでも目標達成に向けて進んでいくなら、じわじわとでも有機農業者を増やしていかなきゃいけないわけで、新規就農者が有機農業を始められるように、慣行農業者が有機農業に移行できるように、両面からアプローチする必要があります。

解決すべき課題は色々ありますが、そもそも論として

「有機農業は環境負荷が小さく持続可能だ!といくら声高に言っても、現在主流の慣行農業よりも魅力的じゃないと採用されない」

という点は捨て置けないでしょう。
携帯電話がガラケーからスマホに移り変わっていったように、人は便利なものや魅力的なものに飛びつきます。ガラケーのほうが環境に優しいから使いなさい!と強制したって誰も戻らないのと同じで、有機農業が慣行農業を超える魅力を持たない限り移行は進みません。

じゃあ有機農業はこのまま広がらないで停滞するのか、農水省が掲げた大目標は空論で終わるのか。気になりますよね?気になりません?国の方針によって補助金の分配が変わってくる、推進する政策で伸びる業態が決まってくることを考えたら、有機農業が今後どうなっていくのかを知っておくことは大切なことじゃありませんか?

という前置きですが、有機農業取組面積を25%にする解決策をここで示すつもりはありません。それは「みどりの食料システム戦略」に書かれてますし、いち農家が語ったところで根拠が薄いですから。なぜ有機農業取組面積25%が実現不可能だと思われているのか、何が難しいから各方面から反発されているのか、現役有機農業者の立場から考えてみたいと思います。
学者やジャーナリストとはまた違う視点での考察になりますので、ぜひ最後までご覧ください。

3つの不安要素

なぜ有機農業取組面積25%が実現不可能だと思われているのか、これを生産面、販売面、経営面それぞれについて考えてみます。

①生産での難しさ

とにかく有機農業が難しいと感じるのはこれでしょう。虫や病気が出ても打つ手(農薬)がない、もしくは打つ手が限りなく少ない。だから安定性において致命的なダメージがあります。病虫害へのリスクが高すぎるということです。
日本は高温多湿な気候なので病虫害に遭いやすく、他の地域に比べると有機栽培のハードルが非常に高いです。だからリスクを避けるために多品目栽培にして、生物多様性を圃場内に作りだすことで病虫害の広がりを抑えようとする農家が多いんですが、多品目栽培はかなり非効率なやり方なので規模拡大しにくいし生産性も上がりにくいです。有機農業を選んだ時点で小規模にならざるを得ない事情がここにあります。

また、栽培のマニュアル化が進んでいないことも生産の不安定さに拍車をかけています。みんな手探りで最適解を探している状況。うまくやっている農家がいる一方で、なかなか生産が安定せずに苦労している農家もいる、農家によって非常にばらつきが大きいですね。

そして肥料についても不安定極まりないです。有機肥料は化学肥料に比べるとコントロールが難しいからです。
例えば有機農業でよく使われている鶏ふんを肥料として使おうとします。成分は肥料袋に書いてあるのでそれを参考に施肥設計したとしても、有機物は基本的に微生物によって無機化されてようやく植物の根が吸えるため、土壌の微生物活性によって肥効率が変わってきます。夏の施肥量と冬の施肥量は気温差を考慮して3倍くらい変えることもあるほどです。肥効は曲線的にじわじわ効くので計算が難しいですし。

とにかく化学肥料に比べると有機肥料は使いにくい。ちゃんと特性を理解したうえでコントロールできるならいいんですが、天候に左右されやすく予測しきれない要素が多いので、栽培の難易度はかなり高くなってしまいます。

キャンプするのに、オートキャンプなのかナイフ一本でサバイバルキャンプするのか、くらい違います。料理するのに、多種多様な調味料を駆使するのか塩だけでなんとか素材の良さを引き出すのか、くらい違います。

今の有機栽培は勇気栽培と揶揄されてもしょうがないくらい難しいんです。このハードルが下がらないと有機農業に取り組もうとする農家はなかなか増えません。

②販売での難しさ

農薬や化学肥料に対するアンチテーゼとして有機農業が広がってきた経緯も関係するんですが、有機農家は消費者へ直接販売することが多いです。卸売市場や一般的な流通経路を介さずに、中間業者をカットして直販する。そういう有機農家がすごく多い。
直販して消費者との信頼関係を築く、そのこと自体は素晴らしいと思いますし今ならDtoCと表現できるような先進的とも言える取り組みなんですが、それ以外の流通選択肢が少ないことが有機農業の広がりを阻害している気がします。
JAのような協同組合、卸売市場、飲食・小売・加工業などとの契約。全国を見渡せばそういった流通経路をもつ有機農家や団体もいますが、まだまだ少ないのが現状です。大規模生産に合った流通ができていかないと有機農業が大きくなるのは難しいのではないでしょうか。

もちろん小規模が悪いわけじゃないですよ。みどりの食料システム戦略に沿うなら大規模化・大規模流通が必要になるという話です。有機農業がこれまで積み上げてきたブランド価値からみれば、小規模にこそ有機農業の生き残りの道があると個人的には思います。

③経営での難しさ

作りにくく売りにくい、せめて稼げる経営モデルなら・・・と思うけれど現実は甘くないですね。ちゃんとした統計データではないものの、有機農家約50軒からとった某アンケートでは慣行農家の平均よりも劣る売上・所得・労働時間などの数字が並んでいました。すこし高く売れるから儲かる、なんて甘い話はありません。
なんといっても農薬や化学肥料を使えないことによる労働コスト増が重い。たとえ商品価格が2割増しでも、労働が2割増し以上にかかってしまうので割に合わないんです。
また、田舎暮らし思考の牧歌的な有機農家がけっこういるのも、儲からないイメージを加速させています。でもこれは悪いことじゃなくて、いろんな農家がいていいと思います。稼ぐことだけが農業の魅力ではありませんから。

そもそも、稼げるかどうかは経営者の能力にかかっています。同じやり方をしていてもめっちゃ稼ぐ農家とぜんぜん稼げない農家がいて、それは経営をしっかりと考えているかどうかの差です。このあたりは慣行だ有機だという二元的な話じゃなく農業全体の問題なので、農業者ではなく農業経営者が今後どれだけ増えていくのかが日本の農業が成長するかどうかのカギになるのではないでしょうか。

有機農業に未来はあるのか

だから目標達成は不可能、農水省はバカげた目標を掲げたなぁ・・・なんて言うつもりはありません。前例主義、保守的な当たり障りない目標設定になりやすい行政が、ベンチャー企業かのように大きな夢をぶちあげて「みんなついてこんかーい!」なノリを見せているのが「みどりの食料システム戦略」です。
すごくいいと思いますよ。あとは周りが夢に共感して、各自が成すべきことを理解して、一歩ずつ前に進んで行くだけ。そのためのリーダーシップが農水省には求められます。ソフトバンク孫正義のようなリーダーシップを期待したいところですね。ちょっと難しいかなぁ。。。」

令和四年みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業に34.6億円の予算がつきました。これから有機農業に関して補助金がどしどし投入されていきます。
栽培面では、BLOF理論など栽培技術が確立されつつある一面も見られるようになってきました。販売面では、大規模農場が業者との契約栽培を行う事例が増えてきました。自然栽培を推奨するJA羽咋のように従来からある団体が有機農業に取り組む事例が全国各地に立ち上がってきてます。農家がネットを使って産直ができるECサービスが広がってきました。経営面では、有機栽培にこそ効果を発揮するスマート農業技術の開発が進んでいます。

楽観視はできませんが、国が有機農業普及の背中を押そうとしているのは間違いない事実です。慣行農業から有機農業に乗り換えるにはまだまだ躊躇してしまうところが多くてハードルが高く感じますが、新規で参入するなら今がベストタイミングかもしれません。
流れに乗れることほど農業経営にプラスになることはありませんから。
ようこそ有機農業へ。

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多品目栽培でこんな間違いをしていませんか?

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そして、多くの農家がやってるんだから自分にもできるだろうと、独学で、農家研修で、栽培の基本を学んでから実際に自分でやってみるのですが・・・
このときすでに、じつは大きな間違いをしています。

それは・・・

有機農業が慣行農業の5倍も儲かるって!?

有機農業者は、あまりお金の話をしたがりません。

「収入に魅力を感じて農業をしてるんじゃない。わずらわしい人間関係から解放されて、健康的な暮らしをしたいから有機農業の道を選んだんだ。」

と、収入は二の次だと言います。
だからこそ見えなくなっていた真実。それは、

有機農業はちゃんと稼げる

ということ。家族を養っていくことくらいは簡単に実現できます。しかも、栽培がうまいとかヘタとか関係ありません。誰でも実現できるものです。

ただし、条件があります。
それは・・・

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